皆さん、こんにちは。今日は少しオカルトチックな話題…
「2045年にシンギュラリティが到来する」──
そんな話、聞いたことありませんか?レイ・カーツワイルという学者が提唱した説で、書籍にもなった位です。
ところが今回、それよりも早い「2034年7月18日」という具体的な日付が提示されました。
この予測を示したのはエンジニアのカム・ペダーセン氏。
ただし彼が語っているのは「AIが神のような存在になる日」ではありません。
本記事では、その主張の中身をできるだけかみ砕いて整理し、
その意味を冷静に検証していきます。
カム・ペダーセン氏発表の原文はこちら
2034年7月18日説とは何か?
カム・ペダーセン氏の主張を一言でまとめると、こうです。
AIが暴走する日ではなく、
人間社会のほうが変化のスピードに追いつけなくなる転換点が来る。
彼はAIの進歩を示す5つの指標――
- AIのテスト成績(MMLU)
- 利用コストの低下
- 大型モデルの公開間隔
- AI研究論文の増加
- AIが書くコードの割合
――を分析しました。
ただし、これらは単位がバラバラです。
点数、ドル、本数、割合。そのままでは比較できません。
そこで彼は、各データを0〜1の共通スケール(割合)に変換しました。
つまり、バラバラの単位を同じ物差しにそろえたのです。
そのうえで、
「ある日付に向かって急激に伸びるタイプの数理モデル」
を当てはめました。
このモデルは、“どこかで限界に近づく形”を想定するものです。
そして計算上、その境界として現れたのが
2034年7月18日付近でした。
ただし重要なのは、これは“確定予言ではない”という点です。
ペダーセン氏も、
“A phase transition marker, not a physical prediction.”
(物理的な予言ではなく、相転移の目印にすぎない)
と明言しています。
つまり彼が示したのは未来の出来事そのものではなく、
現在の成長パターンが維持できなくなる“境界”なのです。
さらに、この日付は5つの指標すべてが一致して示した結果ではありません。
特に強く影響しているのは、AI研究論文の増加ペース。
つまり、
「必ずその日に何かが起こる」
という話ではなく、
現在の傾向を延長した場合の“境界推定”
という位置づけになります。

シンナモには難しいけど…この予言は“確定”じゃないってことなも?

ふん…シンナモにしては理解が早いだも。あくまで現時点での予言であり、これからのAIの進化の仕方で変わってくるはずだも。
そもそもシンギュラリティとは?
ここで言葉の意味を整理しておきましょう。
シンギュラリティには、大きく分けて2つの見方があります。
技術的シンギュラリティ
一般的に広く知られているのはこちらです。
AIが人間の知能を超える転換点を指します。
映画『ターミネーター』のような世界を想像される方もいるかもしれません。
しかし、学術的に語られるシンギュラリティは
必ずしも“AIの反乱”を意味するものではありません。
未来学者レイ・カーツワイルは、
この転換点を2045年前後と予測しました。
これは「超知能の誕生」に焦点を当てた考え方です。

つまり、AIが人間より賢くなる瞬間ってことなも?

そういうことだも。繰り返すが、技術的シンギュラリティとは“AIが反乱する”って意味ではないだも。むしろ、人間に対して好感度を持つAIが出てくるくらいだも。
社会的シンギュラリティとは?
一方、ペダーセン氏が語るのは別の視点です。
技術の進化速度 > 人間社会の適応速度
という状態。
法律、制度、教育、雇用、そして私たちのメンタル。
それらが変化のスピードに追いつけなくなる境界を、
彼は「社会的シンギュラリティ」と呼びました。
焦点はAIの能力ではなく、
人間側の処理能力の限界にあります。

AIが暴走するんじゃなくて、人間が追いつけなくなるなも?

そうだも。。ペダーセン氏はAIの能力云々じゃなくて、人間がAIの進化スピードについていけなくなった時のことを社会的シンギュラリティと考えただも。
AIに聞いてみた。「シンギュラリティは起こるの?」
気になったためこの問題をAI自身に聞いてみました。
AIに人間が越されるのを聞くようなもので少し怖い気もします…今回はChatGPTに聞いてみることに。聞いた際のプロンプトはこちら↓
カム・ペダーセン氏は、2034年7月18日を“社会的シンギュラリティの境界”と推定しました。
この予測は妥当だと思いますか?
その理由と限界を、冷静に分析してください。



結論はシンプルです。
「2034年7月18日」という日付のピン留めまで含めて妥当と見るのは難しい。
ただし、“社会的シンギュラリティ”という問題設定自体は、現状分析としては有効である。
つまり、
- 日付を“予言”として扱うのは適切ではない
- しかし「社会が先に限界に近づく」という視点は現実的
という整理になります。

やっぱり“予言した日付”が確定ってわけじゃないなもね。

だが、問題定義としては鋭いだも。AIが人間の代わりにできることは日に日に増えてるだも。AIがこのまま進化し続けたら、人間が追いつけなくなるかもしれないだもね。
まとめ
2034年7月18日という日付は、
確定した未来ではありません。
しかし、
人間社会はこの変化の速度に適応できるのか?
という問いは、すでに現実的なテーマです。
シンギュラリティがいつ来るのかよりも、
私たちがどのように向き合うかの方が重要かもしれません。
怖がる必要はありません。
ただし、無関心でいることも難しい時代です。
2034年は象徴に過ぎないのかもしれません。
けれど、その問いは確かに今、私たちの目の前にあります。

